秩父神社

秩父神社について少し説明したいと思います。
およそ2,000年の歴史がある秩父神社は、宝登山神社、三峯神社と並ぶ秩父三社の一つであり、秩父の総社として古くから崇敬を集めています。天正12年(1592年)に徳川家康が再建した社殿は、秩父市内のほぼ中央にある柞(ははそ)の森の中に、風格ある荘厳な美しいたたずまいを見せています。
社殿には様々な彫刻が施され、その美しさには目を見張るものがあり、それぞれに「いわれ」があります。それを載せました。
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社殿を飾る様々な彫刻''

 クリックで拡大左甚五郎作の龍の彫刻「つなぎの龍」と呼ばれているものがあります。その昔、この社に奉納された龍の彫刻はあまり上手に彫られたので、魂が入って龍は夜になると姿の池や近くの田畑で暴れ廻っては作物を荒らしていました。これに困った地元の人は、この龍を神社の壁面にクサリで結わえつけました。それからは、龍は暴れることができなくなったという。



「北辰の梟(ふくろう)」体は正面の本殿を向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わず祭神を守っている瑞鳥である。当社の祭神である妙見は、北極星を中心とした北辰北斗の星の信仰である。この梟が見ている方向から妙見が出現することから、祭神と特にゆかりの深い鳥とされている。梟は洋の東西を問わず知恵のシンボルとされている。当社が祀る八意思金命(やごころおもいかねのみこと)も知恵の神として崇敬されている。こうしたことから、思慮深い神の使として、社殿北面に施されたと推測されている。 クリックで拡大

 クリックで拡大徳川家康を祀る日光東照宮の三猿(さんざる)は、古来の庚申信仰に因んだ「見ざる・聞かざる・言わざる」として有名である。だが、当社の三猿は日光のそれとは全く違った表情をしていて、「よく見・よく聞いて・よく話そう」といった仕草を表している。現代の情報化時代にふさわしい彫り物で、俗に「お元気三猿」として親しまれている


馬に関する諺の一つに「瓢箪から駒」がある。意外なところから意外な発見や出会いがあることを表す諺であるが、その意味するところは開運招福である。そのため、社殿西側にはこの諺に因んだ彫刻が施されている。なお、秩父の夜祭では、祭神は御輿だけでなく神馬に乗って御旅所に渡るため、12月3日には本物の馬が2頭奉納されて神幸の供をする。 クリックで拡大