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2014.03.28
 
今朝の日の出は531分です・・・5時過ぎに起きて御来光です。
 
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今日は17年ぶりの御開扉の一光三尊仏をこの目で・・・
 
一光三尊佛の由来
 一光三尊佛というのは、一つの光背に中尊として阿弥陀如来像が、その脇侍仏として向かって右に観音菩薩像と左に勢至菩薩像がお立ちなので一光三尊と申し上げています。
 聖人は毎日この尊像を礼拝され、念仏弘法に精進せられました。今日においては、聖人直拝の御本尊は、この一光三尊佛のみであります。
 平成二十六年三月、この尊像を真岡市の本寺専修寺にお迎えし、十七年に一度の御開扉が行われます。                    インターネットより
 
 
宿を8時半に出発・・・専修寺に9時半到着です。
 
真宗の本源
関東の地は、親鸞聖人が四十歳から六十歳までの壮年期を、念仏教化のためにフルに活動された土地であり、真宗門徒共通のふるさとであります。
 中でもこの高田専修寺は、聖人が建立された唯一の寺院であり、七年の間聖人が居住され、専修念仏の根本道場とされた聖地です。
 それから七百数十年を経た現在も、約二万坪の境内にはうっそうとした老樹が生い繁り、七堂伽藍が古色蒼然と立ち並んで、聖人の御遺跡の中でも、最もよく御在世当時の姿を伝える、随一の御旧跡となっています。昭和四十二年、国が史跡に指定したのももっともでありましょう。 寛正六年(一四五六)第十代真慧聖人が教線拡張のため寺基を伊勢国一身田に移され、二つの専修寺が並立することと なりましたので、昭和二十四年「宗制」によって一身田を本山とし、下野を本寺と呼ぶようになりました。  インターネットより
 
 
 
早速パチリパチリと・・・
 
 
総門から入ります。
 
総門
素朴な茅葺の棟門です。柱は、親鸞聖人ご建立当時のものといい伝えられています。
平常は扉が閉ざされていて、正月や8月1日、2日の「高田まち」の日など重要な行事の日には開かれます。                  インターネットより
 
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山門(楼門)と如来堂です。
 
山門(楼門)
如来堂の正面に総けやき造り二間四方の山門(楼門)があります。元禄年間の建築で、楼上には前天台座主一品公猷親王の筆になる「高田山」の扁額が仰がれます。 昭和56年、国の重要文化財に指定されました。

如来堂
ご本尊「一光三尊仏」を安置する堂です。
元禄14年(1701)の建造と言い伝えられており、ほぼ10m四方の平面を持つ。 屋根は元来は茅葺きだったと思われるが、今は銅板葺になっています。
礎石は巨大な自然石で、祖師聖人の時代そのままのものです。
この本堂の奥の金庫に聖人御感得の本尊一光三尊仏が秘仏として安置されており、平素は同型のお前立(まえだち)本尊が拝されます。 一光三尊仏の御開帳は、特別の機会を除いては17年毎に行われています。 昭和56年、国の重要文化財に指定されました。
                        インターネットより
 
 
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御影堂です
 
御影堂
親鸞聖人の等身の御影を中央に安置し、 左右に真仏・顕智両上人の坐像を はじめ、歴代上人像をおまつりする堂です。昭和60年(1985)からの大修理によって、も との茅葺屋根の形に復元されました。またそのとき、寛保3年(1743)の墨書が発見されて、その頃の建築とわかりました。  昭和56年、国の重要文化財に指定されました。 インターネットより
 
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一光三尊仏に手を合わせ・・・・・どうもこの頃は涙もろくなって・・・
 
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午後1時から、阿弥陀経の勤行の後、法主様の御親修御親教を拝聴し・・・
2時半に専修寺を後にしました。
 
宗教の根源に触れて気分良く帰って来ました。