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坂東三十三観音霊場巡り六日目
 
八王子(700集合・出発)==立川(740集合・出発)==【高速道路】=
(21)日輪寺(にちりんじ/大子)==(22)佐竹寺(さたけじ/常磐太田)==
=【高速道路】=各地着(19002030頃着)
※ バス走行距離/400km~500km
 
 
2013.10.05
 
立川740分の予定が遅れて55分に出発です。・・・第6回の坂東札所巡りの出発です。
今日は茨城県の北の方の二ヶ寺です。
首都高速から常磐道を通り・・・渋滞で守谷SA945分着、最初のトイレ休憩です。
ここから佐竹寺に向かいます。
まずは田舎の景色を・・・1115分到着
 
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佐竹寺(さたけじ)は茨城県常陸太田市にある真言宗豊山派の寺である。山号は妙福山、院号は明音院。本尊は十一面観音。坂東三十三観音霊場の二十二番札所。
寺記によれば大同2年(807年)徳一の開創とされるが、坂東霊場記では寛和元年(985年)に板東巡礼中の花山院が、随行の元蜜上人に聖徳太子作の十一面観音像を与えて建立させたとされている。建立当時は観音寺と呼ばれた。
源義光の孫の源昌義は、寺領を寄進し祈願所とした。昌義はこの寺で節が1つしかない竹を見つけ、これを瑞兆とし、佐竹氏を称したとされる。天文12年(1543年)に兵火により焼失するが、天文15年(1546年)に佐竹氏18代佐竹義昭が佐竹城(太田城)の鬼門除けとして現在地に再建した。最盛期には六支院と三ヶ坊を有したが、関ヶ原の合戦の後、佐竹氏が出羽に移封されたことにより衰退する。それでも、江戸時代は坂東三十三観音霊場の二十二番札所としての賑わいがあったが、明治に入っての廃仏毀釈より荒廃し、昭和24年(1949年)まで無住の寺であった。
往時をしのぶ建物は本堂のみである。寺院本堂には珍しく北向きに建てられている。本堂は寄棟造、茅葺で、主屋の周囲にこけら葺の裳階(もこし)をめぐらし、正面には唐破風がつく。窓や柱、梁などに桃山建築につながる意匠が見られ、1906年に国の重要文化財に指定された。
山門(仁王門)は昭和15年(1940年)の再建だが、安置されている金剛力士(仁王)像は宝永年間の作とされている。         インターネットより
 
 
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ここのお寺さんには御朱印帳など書いてくれるおばあさんが老齢なので、我々41名のを・・・終わるまで一時間近く待ちました。
周りには何もなくただバスの中で終わるのを待ちます。
その間に先達さんが用意してくれたDVD(同行二人の法話)を見て・・・感動、涙。
 
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やっと昼食場所に到着です。
今迄はゴルフ場で頂いていたそうですが今回からはこの
「関所の湯」に変わったそうですが鮎の塩焼きもあり中々でした。
(この近くには袋田の滝があります)
 
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1350分に出発・・・道の駅大子・・・ここでマイクロバスとタクシーに乗り換えです。
 
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山道で道幅が狭く大型の観光バスでは行けません。
45分ほど走り「日輪寺」に到着です。
 
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日輪寺(にちりんじ)は、茨城県久慈郡大子町にある天台宗の寺院。山号は八溝山。本尊は十一面観音であり、坂東三十三観音霊場第21番札所である。

この寺の創建については不詳であるが、役行者が開いた寺と伝えられ、807年(大同2年)空海が中興したとされる。室町時代以降隆興し、江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられていたが、明治以降衰退した。                     インターネットより
 
 
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再び道の駅に戻り・・・大型バスに乗り込み・・・16時半帰路へ。
帰りも三郷で事故があり朝同様渋滞・・・立川2045分着。